陸の生活

以前、PJの成功率は大航海時代に船が無事辿りつく割合と同じと聞いたことがある。
このメタファーは結構好き。まぁSIで、ブルーオーシャンを目指している船がどれだけあるかは知らないけど。
船員達はそれぞれに責任があり、そのどれ1つでも狂えば船は沈没する。
例えば船に小さな小さな穴を空けてしまったときに、布でも詰めておけばバレないだろうとほっておくと、
いつの間にか船底は海水で満ちる。そうなったらひたすら寝る間もなく水をくみ出す。
そこには経験も知識もなく、ただ体力まかせに水をかきだし、空いてしまった穴を見つけ出す、
地道でみじめな肉体労働になる。
これに対して今の仕事を考えると、田畑で虫や鳥から作物を守る、陸の生活だと思う。
もちろん生産者や責任者は、日が昇る前から落ちた後まで働くかもしれない。
けれど畑を守護する一兵卒として働く分には、虫や鳥達がやってくる昼間だけ働けばよい。
また海の上と違い、人員の補充もしやすいため、長時間働く必要もない。
それぞれの生物に対する対処法はある程度あみだされており、的確に処理していく。
たとえ1羽捕らえ損ねても、少し作物をかじられるぐらいで、全員を貶めるような被害には発展しないし、
足を滑らせて海の藻屑に消えるようなリスクも、少なくとも一兵卒にはない。
竜巻のような災害に見舞われることはあるが、それは一兵卒にはどうにもできないことで、
何ヶ月も休みなく働き続けることや、溺れ死ぬことはないだろう。
そこには、海の男の、さもすれば個性の衝突や戦いになるような夢やロマンはない。
みんなで地道に農作物を守っていく。
現場によっては、ファーブルのように熱心に観察するようなところもあれば、
逆に、ただカカシのように立っているだけの畑もある。
何故そんなに差があるかと言えば、どんなに心血を注いでも、その作物が売れるかどうかは
また別次元の話で、いわばボランティア活動にような毛色があるからだと思う。
無農薬をうたうため、農薬は使わないでねーという大雑把なルールがあるだけで、
化学肥料はどれだけ使っても消費者にはわからない。そんなあいまいさがあるように思う。
とにかく新大陸に最初に辿り着いたものが土地の所有者となる、というわかりやすい利権争いはない。
それは退屈で低リターンな仕事とも言える。
だが、将来的には作物の販売を目的としている自分には
どのような作物が、どのような形状や味で、どんな鳥に好まれるのか、という知識は有り難い。
そういった意味では、海の生活が躍動に満ちた日々かというと、妻や子供を養うために、
さして賛同もできない船に乗った人間にとっては、不毛な日々になるだろう。余談だが、こういった人が、
船が沈みかけたとき、さっさと残り少ない救命ボートに乗って去ってゆく姿を見送ったことがあり、
そこには、いっそ矢で射り殺してしまえ、というような殺伐した空気があったが、
今のところ陸の生活でそんな修羅場を見たことは無い。
色々話がそれたが、どんな仕事だって、その作業自体が自分の物語に叶っていることが大切なのだと思う。
もちろん世の中には、住めば都という順応性の高い人もいるけどね。
とにかく陸の降りて3ヶ月、今のところ、私は地に足をつけた、人間らしい生活を満喫している。

物語

ガイヤの夜明けに出てた社長の話。

国家が物語を描かなくなった今、個人が物語を描く必要がでてきた

個人主義はアメリカナイズされたからだと思っていたので
こういう考えもあるのだなと納得。あと

自分で決断しているつもりでも、そうでない場合が多い

というのは、思いあたる。
宗教や文化圏など、人は所属社会に少なからず影響を受ける。

例えば新しい職場にて、
特有の考え方に当初違和感があったけど、今はだんだん薄れてきているし、
それでも薄れない違和感は、以前の環境の価値観がしみついているからにも思う。

そんな状態で、自分の決断は、果たして自分の決断なのか、
実はその社会を形成してきた人々の集合観念なんじゃないか。
ならどれを選択していくかという各瞬間だけに自己が存在するのか、
それすらも違って、選択で積み重ねた自分物語を信じることなのか。

いやいや考えすぎだな。たぶん、例えばそれが世論に流された決断であっても、
世論に同意した上での決断であると認識していれば、自分の決断である、
程度なんだろう、少なくとも件の社長の話は。村上龍のまとめが「空気なんか読むな」
だったし。空気読みすぎて自分の吸いやすい空気がわからなくなった若者の話なんだろう。

いかん、また取りとめもなく長くなってしまった。
こういう話をできる現地友人がいないせいか、Voxに吐き出しぎみだなぁ。

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