ここにいるワタシ

新しい環境、新しい仕事を始めて1ヶ月経ちました。
日々学ぶ事ばかり、また人間関係に恵まれ、おおよそ楽しい毎日を過ごしています。
この”おおよそ”以外が今回のテーマで。
一月もすれば、暗黒面と何度か向き合う場面があり、
その中の1つが、”ここにいないワタシ”との葛藤です。長いですよ。
さて。新しい環境では、ワタシはまっさら人間で、地位も名誉もレッテルもありません。
なので、初めの自己紹介のとき、言ってしまったのです、
すぐ覚えてもらえそうな、キャッチーな身の上話を。
殆どの人は「ふーん」程度だったと思いますが、
ある人には以後しばらく”貴方は○○だから”と言われ続けました。
ワタシにとってそれは、そんな関係ないけどなぁ、というもので、
つまりそのキャッチーな言葉は、自分にとっては経験を伴う実体験ですが、
相手にとっては、ただの言葉なので、都合のよく解釈されたのです。
その時になって気づきました。
今ワタシは、何の偏見もなく”ここにいるワタシ”を認識してもらえる好機なのに、
自爆してしまったのだと。
まぁ厳密にいうと、各個人の偏見を完全に取り払うことはできませんが。
たぶん、今までそれなりに認めてもらっていた環境にいたので、心細くなったのだと思います。
それに気づいてから、周囲が漏らす、ワタシが見たことのない、アナタの話を意識すると、
それはそこらじゅうに溢れていました。そしてその話は必ずと言っていいほど、
ここにいるアナタが認められない状況にある時にでてきます。
ここにいないアナタの視点で、ここにいるワタシに話しかけられているような。
いや、正確には、ふとした瞬間にでる話もあります。
ただそれは、”あーなるほど、だから今のアナタがあるんだね”と、
ここにいるアナタを納得できる話で、誤解を生むものではありません。
過去の栄光による虚勢とか、ハンデキャップによる言い訳とか、何だかそういう話になると、
”アノヒトすごかったんだってね”とか、”アノヒト苦労してるんだね”とか
アナタがアノヒトになります。アナタとの距離がぐっと離れます。
ま、そりゃそうか。ここにいないアナタとの距離は、計り知れないわけで。
やっかいなことに、この話は本人からだけではなく、本人を知る他人から伝えられることもあります。
そうなってしまうと、いつの間にやら周囲から距離をおかれていたりします。
勿論、そういった話によって、他者の認識をコントールすることもあるでしょう。
でもここにいるワタシは、ここにいるアナタと近い場所に居たい、と思うので、
ここにいないワタシは、封印しようと思いました。
ここにいるワタシが、共有された空間のなかで、ここにいるアナタの笑顔を生み出せたとき、
なんだかとても幸せでした。確かなリアリティというか、現存価値を得たというか。
こういう瞬間を積み重ねて、ここにいるワタシを認めていってもらおうと思います。
今日はなんだかオトメチック。
そういや、ワタシってカタカナで書くとタワシみたいだな。終話。

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忘年会シーズンのぼやき

明日も忘年会。
飲み会では普段無口な人や話す機会のない人とも話せるし、普段話してる人ともワイワイできて楽しい。

あえて言うなら、普段さして話したこともなく、飲み会での他愛もない話を好まない人は話しづらい。
大勢いるのに、なぜ俺理論を披露したがるんだろうか。
そんなん誰もきいちゃないし、なにより関係性から広がる会話の幅、深みのほうがよっぽど面白いと思うのだけど。

なるべくそんな空気にならないように心がけるのだけども、毎度ながらそんな人がでてきてしまう。
実は自分は暗にそういった人を関係性の輪から外してしまっていて、それでムキにさせてしまっているのだろうか。それとも自信のなさの表れだろうか。
今はそんな陳腐な理由しか浮かばない。明日はじっくり観察してみることにしよう。

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